大きなくりくりした目の猫
2年ほど前のことです。
わが家の庭に、一匹のキジ猫が現れるようになりました。
大きなくりくりした目が、とても印象的な猫でした。
相方が、その目を見て「ガンちゃん」と名づけました。
おそらく、「眼(ガン)」から来た名前だったのだと思います。
ガンちゃんは、とても人懐っこい猫でした。
そしていつの間にか、毎日欠かさず、わが家のサッシの外にいる猫になりました。

大きなくりくりした目が印象的だったガンちゃん
最初のころは、庭にいるガンちゃんを見かける程度でした。
ところが、だんだん私たちとの距離が近くなっていきました。
気がつけば、朝も、昼も、サッシの外にいる。
私が家の中にいると、ガラス越しにこちらをじっと見ています。
ご飯が欲しいときも、家の中に入りたいときも、ガンちゃんはサッシの前にやってきました。
そのうち私は、サッシの向こうにガンちゃんがいることを、特別なことだと思わなくなっていました。
そこにガンちゃんがいるのが、当たり前になっていたのです。

「入れてー」と言っているようなガンちゃん
ガンちゃんは、とにかく人懐っこい猫でした。
サッシ越しにこちらを見つけると、前足をガラスにつけて猛アピール。
「ご飯ちょうだい」
「ここ開けて」
そんな声が聞こえてきそうでした。
実際には何を考えていたのか、ガンちゃんに聞いてみなければ分かりません(笑)。
でも、少なくとも私たちを怖がっている様子はありませんでした。
むしろ、「ここは自分の家の庭だ」くらいに思っていたのかもしれません。

ご飯を食べに来るのも、ガンちゃんの日課でした
ところが、ある日
いつものように来るはずだったガンちゃんが、来ませんでした。
最初は、特に心配もしませんでした。
野良猫ですから、毎日まったく同じ場所にいるわけではありません。
「そのうち、また来るだろう。」
そう思っていました。
ところが、次の日も来ない。
その次の日も来ない。
一週間経っても、一か月経っても。
ガンちゃんは、サッシの外に姿を見せなくなりました。
あのとき、保護していたら
私は、ガンちゃんを探しに行くことはしませんでした。
「そのうち、また来るだろう。」
どこかで、そう思っていたからです。
相方も、ガンちゃんが来なくなったことを寂しがっていました。
そして、二人でこんな話をしました。
「あのとき、保護して里親を探していたらよかったのかもしれないね。」
ガンちゃんは、本当に人懐っこい猫でした。
サッシ越しにこちらを見つめ、時には前足でガラスを叩いて、「入れて」と言っているような仕草まで見せました。
あれだけ人を怖がらない子なら、保護して里親を探していれば、きっと新しい家族は早く見つかったのではないかと思います。
でも私は、そのとき行動しませんでした。
毎日来てくれることが、いつの間にか当たり前になっていたのです。
明日も来る。
明後日も来る。
そう思っていました。
まさか、ある日を境に二度と姿を見せなくなるとは、考えてもいませんでした。
それから、一年が経った
ガンちゃんを最後に見てから、もう一年ほどになります。
結局、あの日以来、一度も姿を見せていません。
どこへ行ったのか。
誰かに保護されたのか。
それとも――。
分かりません。
だから、勝手に答えを決めることはしないようにしています。
ただ、今でも時々、サッシの外を見ます。
もしかしたら、何事もなかったような顔をして、ガンちゃんがそこに座っているんじゃないか。
あの大きなくりくりした目で、こちらを見ながら。
そして前足でガラスを叩いて、
「入れてー」
とでも言うように。
そんな姿を、今でも少しだけ期待しています。

今でも、サッシの外にガンちゃんがいるような気がすることがあります。
どこかで、元気にしていてくれたら
ガンちゃんが今、どこにいるのかは分かりません。
もしかしたら、誰かに保護されて、暖かい家の中で暮らしているのかもしれません。
そうであってほしいと思います。
あのとき保護しなかったことを、今になって考えることがあります。
毎日来てくれるからといって、明日も来てくれるとは限らない。
あの小さな命との出会いには、もしかしたら、そのときにしかできないことがあるのかもしれません。
ガンちゃんがいなくなって、私はそんなことを考えるようになりました。
今でも、あの大きなくりくりした目を覚えています。
人懐っこくて、毎日のようにサッシの外で待っていたガンちゃん。
どこかで元気にしていてくれたら。
そして、もし誰かの家族になっているのなら――
たくさん可愛がってもらっていてほしい。
それが、今の私の願いです。
ガンちゃん、元気でいるか
ガンちゃんが来なくなってから、もう一年ほどになります。
今でも、どこかで元気に暮らしていると思いたい。
誰かに保護されて、暖かい部屋で眠っているのなら、それが一番です。
でも、ときどき考えます。
あのとき、私がガンちゃんを保護していたら。
あれだけ人懐っこい子だったのだから、きっと新しい家族も見つかっただろう。
そう思うと、少しだけ後悔が残ります。
野良猫との出会いは、いつまでも続くとは限りません。
今日も来たから、明日も来る。
そんな保証は、どこにもないのだと、ガンちゃんがいなくなって初めて気づきました。
だから今、庭にやって来る猫たちを見る目も、以前とは少し変わったような気がします。
そして今日も、ときどきサッシの向こうを見ます。
あの大きなくりくりした目でこちらを見ながら、前足でガラスを叩くガンちゃんの姿を思い出しながら。
ガンちゃん。
どこにいるか分からないけれど、元気でいてくれよ。

コメント