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「殺処分ゼロ」の、その先にあるもの

目次

第1章 殺処分されなければ、それでいいのか

長崎市で猫の殺処分がゼロになった。

そのことを知ったとき、私は素直に嬉しく思いました。

殺される猫がいなくなる。

猫が好きな私にとって、これほど嬉しいことはありません。

でも、ふと自分の周りを見渡してみると、別の光景が見えてきます。

食べるものにも困り、夏の厳しい暑さに耐え、冬には冷たい風の中で身を縮めながら生きている野良猫たち。

そんな猫が、私の周りにはなんと多いことでしょう。

猫の祖先は砂漠地帯で暮らしていたといわれています。

そんな猫たちが、長崎の冬の寒さに耐えながら、雨風をしのげる場所を探して生きている。

殺処分されなければ、それでいいのでしょうか。

生きてさえいれば、それを「幸せ」と呼べるのでしょうか。

私は、そうは思いません。

外猫だったころのハナ

「殺されないこと」と「幸せに生きること」は、同じではないと思うのです。

第2章 私にできること

私一人の力で、長崎にいるすべての野良猫を救うことなどできません。

それは分かっています。

だから私は、大きなことをしようとは思っていません。

人様の土地ではなく、少なくとも自分の土地で、やって来た猫たちにご飯と水を与える。

わが家にご飯を食べに来た猫。私にできることは小さくても、この一食が生きる力になればと思っています。

私にできるのは、そのくらいのことです。

それで救える猫は、ほんの一握りなのかもしれません。

でも、その一握りの猫にとっては、今日食べるご飯があること、喉が渇いたときに飲める水があることが、明日も生きていくための小さな助けになるかもしれない。

そう思って、私は続けています。

もちろん、野良猫にご飯を与える以上、周りの人に迷惑をかけないことも大切です。

猫が好きな人ばかりではありません。

だからこそ、自分にできる範囲で、責任を持って猫たちを見守っていきたいと思っています。

第3章 猫にとっての「幸せ」とは

猫にも、それぞれ性格があります。

一匹でいることを好む猫もいれば、誰かと一緒にいることで安心する猫もいます。

わが家のあかりなどは、その典型かもしれません。

あかりにとって、ハナは特別な存在です。

ハナのそばにいて、ハナに毛づくろいをしてもらい、ときには寄り添って眠る。

そんな二匹を見ていると、猫にとっての幸せも、一つではないのだと思います。

それでも私は、できることなら、外で暮らす猫たちには、その猫を心から可愛がってくれる人に出会い、里親になってもらうことが一番だと思っています。

人間に守られて暮らすことで、野生の猫が持っていた逞しさや野性味は、少しずつ失われていくのかもしれません。

でも、外の世界には、交通事故や感染症、ほかの猫とのけんかなど、さまざまな危険があります。環境省も、猫の安全と健康のため室内飼育を勧めています。環境省

いつ敵が現れるか分からない。

安心して眠れる場所があるとも限らない。

明日もご飯を食べられる保証もない。

暑い夏も、凍えるような冬もやってきます。

そんな毎日を生き抜くことだけが、猫本来の幸せなのでしょうか。

私は、そうは思いません。

「ここなら安心して眠っていいんだ」

そう思える場所があって、ご飯と水があって、そして自分を大切にしてくれる人がいる。

私は、一匹でも多くの猫に、そんな暮らしをしてほしいと思っています。

あかりにとって、ハナがいることも「幸せ」のひとつなのだと思います。

第4章 「殺処分ゼロ」は、ゴールではない

長崎市が猫の殺処分ゼロを達成したことを、私は心から嬉しく思っています。

そこに至るまでには、行政だけでなく、動物愛護ボランティアの方々、地域の方々、そして里親になった方々など、多くの人の努力がありました。

そのことには、心から敬意を表したいと思います。

でも私は、「殺処分ゼロ」という言葉を、ゴールにはしたくありません。

猫たちにとって大切なのは、命を奪われないことだけではないと思うからです。

お腹いっぱいとはいかなくても、今日食べるご飯がある。

喉が渇けば、水を飲むことができる。

雨が降れば、雨宿りできる場所がある。

暑い日には涼しい場所があり、寒い日には身を寄せられる場所がある。

そして夜になったら、敵に襲われる心配をせず、安心して眠ることができる。

できることなら、そのそばに、

「この子が大切だ」

と思ってくれる人がいる。

私は、そこまで行って初めて、「猫が幸せに生きる」ということに近づけるのではないかと思っています。

殺処分ゼロは、大きな一歩です。

でも、そこで終わりではありません。

「殺されない命」から、「幸せに生きる命」へ。

それが、私が思う――

「殺処分ゼロ」の、その先にあるものです。

第5章 ほんの一握りでも

私にできることには、限界があります。

長崎にいるすべての野良猫に、ご飯をあげることはできません。

すべての猫を保護して、家族を見つけてあげることもできません。

それでも、自分の目の前にいる猫なら、助けられることがあるかもしれない。

人様の土地ではなく、自分の土地にやって来た猫に、ご飯と水を用意する。

お腹を空かせてやって来た猫が、今日一日を生きるための力を取り戻してくれる。

それだけでもいい。

ほんの一握りの猫たちでも、明日を生きる励みになれば。

その小さな助けを、私はこれからも続けていこうと思っています。

そして、いつの日か、その猫を心から可愛がってくれる人と出会い、

「もう、ご飯の心配をしなくていいよ」

「もう、寒さに震えなくていいよ」

「ここで安心して眠っていいんだよ」

そう言ってもらえる場所で暮らせたなら。

それが、私にとって一番嬉しいことです。

長崎市では、令和6年度に猫の殺処分ゼロが達成され、その後もその継続を目指した取組が続いています。これは、多くの人たちの努力によって実現した、大きな一歩です。長崎市公式サイト

だからこそ、私はその先を見ていたい。

殺されないだけではなく、幸せに生きてほしい。

ほんの一握りでもいい。

私にできることを、これからも続けていきます。

すべての猫に、安心して眠れる場所がありますように。

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この記事を書いた人

長崎市で、チロ・ハナ・あかりの3匹の猫と暮らしています。

猫がただ殺処分されないだけでなく、安心して眠り、ご飯を食べ、できれば愛してくれる家族と幸せに暮らせる街になってほしい。

そんな思いから「ながさき保護ねこ日記」を始めました。

長崎の猫たちや保護猫・地域猫のこと、わが家の猫たちとの暮らしを綴っていきます。

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